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第2回『鉄塔武蔵野線』ファン・ラン[2005年10月30日] Edition.1.0_2005.11.24
けやき並木通りから多福寺へ
このまま並木道を走って川越まで行くのもおもしろそうだが、ランニングの目的はあくまで「送電線と鉄塔」。武蔵野線へと近づいて、多福寺に寄って砂川掘を越えて北西へと進路を変えていく
鉄塔武蔵野線(武蔵野連絡線)4号鉄塔
多福寺近くにある住宅地内にある鉄塔。かつての武蔵野線は武蔵野連絡線と武蔵赤坂線の二つの線に分割されている
多福寺
県の解説の看板「三芳町多福寺県自然環境保全地域」によると「この地域は、いわゆる[武蔵野の雑木林]として最も典型的な林相を示しているところで、その優れた自然環境を維持するために県自然環境保全地域に指定し、保全を図っています。(中略)この多福寺は、川越城主、柳沢吉保が三富開拓に入植した農家の菩提寺として、元禄九年(1696)に建立した臨済宗の寺で、ふるさと歩道(武蔵野の面影を偲ぶコース)の名勝の一つともなっています」とのこと
多福寺の雑木林
これぞ「武蔵野」。この先は塀があって通り抜けられないのだけど、突き当たったところで右の林間から広い畑に抜けられる。初夏ならば萌える緑で美しいのだろうな、一眼レフで三脚を使って撮影したいと思った。映画『鉄塔武蔵野線』が自分に印象を残したのは、じつは、子どもの頃から親しんだ雑木林の美しさが捉えられていた、ということに改めて気づいたのだった
砂川掘
砂川掘は新河岸川に注ぐので、いつか砂川掘〜新河岸川ルート、を走ってみたい。昨年渡った時から気になっていたのだけど、この川は自然の川なのか人工的な掘なのか、ネットで調べても直接の答えは出てこない。自然の川であるならば、古くから両岸の浸食が進んでいて蛇行があってもおかしくない。だから江戸時代に作られた完全な人工的な掘りではないかと思っていたが、どうやら、元は自然の川らしい。というのは、昔、この砂川掘周辺の畑は、豪雨があると勝手に川が出現して新河岸川方面へと流れていたらしい。もともとは古多摩川の広大な扇状地の一部なのだ
所沢市の茶畑と砂川掘
砂川掘から昨年と同ルートの道に合流する。写真を撮って寄り道しながら走っていたら11時を回ってしまった。そろそろマジメに走らないと明るいうちに戻れなくなると思い始める。走る方向はこの写真の右(北)方向
畑のまっすぐな道
道なりに真っ直ぐ走っていけばいい。走り始めた時は気温が低く風も北風の向かい風で寒かったが、ようやくエンジンがかかって汗が出てきた
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