2021年11月13日(土)、秩父・熊倉山の麓の、晩夏の里山を歩いてみた。武州日野駅の前にある弟富士という小さな山を登り、寺沢集落に降りて再び小尾根に取り付いて、地理院地図で516mのピークを往復しようというもの。この尾根は城山経由で熊倉山に通じている。結果としてはピークまで登らず、また往復せずに別ルートで降りた。
武州日野駅の前の弟富士の周辺は三月にはカタクリの花が群落で咲き誇るというので、2021年3月頃に訪ねようと思っていたけどコロナもあり中止。秋になりコロナも収まったので、紅葉狩りということで同じコースを歩いてみる。
この日は無風快晴、秋いちばんの冷え込み。秩父では最低気温が5℃を下回ったか。それでも昼の陽光はまぶしく最後の暖かさを感じる。こういう日は秋晴れというより晩夏というにふさわしいと知ったのは、ボヘミアの作家シュティフターの小説『晩夏』の邦訳の解説から。
所沢からの直通の特急が満席で乗れず。御花畑経由で武州日野駅へ。
出発は遅くなり、11時少し前。
駅を降りて右折、線路沿いの道を歩いて線路を渡ると、神社がある。掃除をされている地元の方がいて、ありがとうございます、と挨拶しつつ、左から整備された小径を登る。少し急ではあるけど、10合目の弟富士頂上まではすぐ。
そのまま気持ちのよい尾根を降りていき、左の寺沢の林道に下る。
林道を少し歩いて右の尾根に取り付く。市販のガイドマップにはコース表示はない。地理院地図には破線の登山道がある。観音堂を過ぎてすぐ、林道の右から入る小沢に掛かった小さなコンクリートの橋を右に渡ってわずか数メートル、小さなお墓まで登る。そのお墓を左から巻き気味に登り(ここがはっきりしない)、広葉樹林の枯葉が敷き詰められた傾斜の緩い広い尾根を登る。赤布やテープの印はないが、歩きやすい道。尾根筋を辿れば途中に小さな石の祠もある。
自分たちは最初、ルートファインディングでミスした。林道右から入る小沢の、その左側の、はっきりしない斜面を登ろうとした。寺沢集落のお墓の裏から続く尾根で、登り続ければ主稜線には出るだろうが、途中で踏み跡が細くなった。大事をとって林道まで引き返して降りる。20分ほどロスした。
ほどなくして主稜線に出ると、右から送電鉄塔巡視路が合流する。この巡視路は地理院地図には描かれていない。主稜線沿いに送電線を追って登ってくる道なのだろう。木杭が打たれ整備された道は階段状となり俄然、歩きやすくなる。
高度を上げて登っていく送電鉄塔巡視路は、途中で右(北)から合流してくる尾根筋にぶつかると、そこを最高地点にして右の尾根上へと降りていく。目の前には送電鉄塔が尾根を跨いで立っている。516mのピークに行くには、下るのではなく、尾根の最高地点から左折して、道のはっきりしない急な尾根を登る必要がある。行けないことはないが今回は止めておくことにする。巡視路は鉄塔の真下を通り、尾根筋をさらに下っている。鉄塔のある箇所は開けていて明るく、ここで昼飯にする。コンロで湯を沸かしカップラーメンを食べていると、谷間に汽笛が響く。秩父鉄道のSLだ。
巡視路を下っていく。気持ちのいい落葉の尾根。
途中で地理院地図に描かれた破線の道からは離れ、まっすぐ北に向かい、沢に降りる。途中に防獣ネットがあり、カタクリの群生地という看板がある。苔むした林道に出てそれを降りると、電柵に囲まれた金網の門があり錠が鎖で撒かれていて出られない。この鎖と錠は手動で解除できるので解いて出て、再び同じように撒いて鍵をかける。熊には注意。
13時半には降りて来られた。
林道に出るとすぐ近くに「道の駅あらかわ」がある。ここで蕗味噌を買い、干し柿ソフトクリームを食べる。
秩父鉄道の線路沿いに汽笛を鳴らしてSLが通り、思わずスマホで撮影する。
武州日野駅まではわずかな距離。
武州日野駅から御花畑駅まで戻り、荷も軽いので路地を歩く。
あちこちで柿を吊して干している家がある。
まだ時間もあるし銭湯はどうだろうとクラブ湯(営業中)まで行くも、どうせならと、たから湯まで、と歩いていくと、お休みだった(グーグルで検索すると、2021年11月14日現在、営業日は水・金・日のみらしい)。そこから戻って、気になっていた喫茶カルネに寄ってみることにする。珈琲がとてもおいしい店で、ツイッターでフォローしている“秩父前衛派”のアーティスト・笹久保伸さんがよく来るお店だと、前にツイートで読んだ記憶があった。
笹久保伸さんを知ったのは、パートナーが持ってきたポストカードだった。
南米ペルーの山の広がる遠い裾野を背景に座る人のモノクロの風景写真だった。パートナーはそれを古楽器を扱うお店に置いてあるのを見つけて気に入り持ち帰り、山が好きな自分にくれた。自分もその写真を気に入り、仕事場の机の前のコルクのボードに貼って、いい風景だなぁ、と毎日眺めていた。
そして数年が経ち、このポストカードと同じ写真がツイッターのタイムラインに流れてきて驚いた。あれ? この風景、見たことがある。あらためてカードを見ると、その写真は「翼の種子」というアコースティック・ギターの楽曲のアルバムジャケットに使われていて、発売を知らせるためのカードだった。そして秩父を拠点に活動するアーティストがいるのだと知り、自分も西武池袋線沿線だし、秩父は好きだし、ということで音楽のことはよくわからないままツイッターでフォローしていた。
それで喫茶に立ち寄ってみたら、店の前に笹久保さんの新しいLPレコード発売を祝う二つの大きな花輪が立てかけてあった。そのことがどういうことなのかよく呑み込めないまま店内に入り、珈琲を注文する。どうも周りのお客さんは新譜を求めて遠方からかけつけた方々らしい。お店の方に、笹久保さんのツイッターで武甲山の写真が流れてきて、と話すと、彼の本を持ってきてくれた。それを不思議な面持ちで眺めながらおいしい珈琲をいただく。
お会計のときに、笹久保さんの新譜発売のお祝いなんですね、と言うと、お店が後援しているのだという。なるほど、それで大きな花輪が。さらには笹久保さん、いらっしゃいますよ、と。なんと本人が目の前に。ドギマギしながら、今日は熊倉山の手前の里山を歩いてきました、と伝えると、熊は大丈夫でしたか、あのあたりには熊が出ますからね、気をつけてくださいね、と。秩父の地元の人の心根から発する心配の言葉を素直に受け取り、不思議な気持ちのままお店を後にする。
西武秩父駅に戻り、次の特急に乗ろうとするも満席で、一時間後の次の特急になる。時間があるので祭の湯で汗を流す。外湯に出ると外気は冷たい。お椀のような湯釜に身を沈めて暗い露天を見上げながら気づく。
熊に遭わなかったのは、彼の心の汽笛が晩夏に響いていたからでは、と。