千葉で群発地震があったので、ネットで検索。そのおまけ。
地震や地学関係のサイトをぐるっと回ってみて、フォッサマグナの東縁が、柏崎(直江津)-千葉に推定されていることに気づいた(確定されてはいないそうですが)。
今頃? という気もしますが、普通、中央構造線というと、諏訪のあたりを想像してしまうもので。
なぜ東縁にこだわるか、というと、千葉の風景に不思議な印象を持っていて、その印象がフォッサマグナからもたらされていたのではないか、と思えたから(「心象・原風景論」として読んでもらえれば幸いです)。
千葉の下総台地は洪積層が厚く堆積しているから、フォッサマグナが地形的に直接現れていることはないのだろうけど、自分は子どもの頃に、このあたりの地形に不可解な印象を覚えていた。
たとえば、千葉から大網白里町に続くJR外房線の駅を降りて、そのまま南へ向かい、ちょっとした高台(浅い沢に切り取られた舌状の台地の突端)に立って、南を眺めて欲しい。今や住宅団地開発で野山も田畑もなくなってしまっているだろうけど、緩やかな谷と地平線に折り重なる房総丘陵が広がっているだろう。北側の緩やかな谷津田と丘状の畑とは違う、力強い風景が眼前に広がっているはずだ。この感覚は、東の地点、九十九里側に行けばいくほど、強くなる。
自分は九十九里を望む台地に住んでいたので、南側に広がる谷は深く見え、さらに谷の向こうに展開する小さな丘の連なりに、何か得体の知れない「力」を感じたのを覚えている(オカルトのような話ではなく、風景として、光景として)。このことはすごくはっきりと覚えているのだけど、南側の谷は「恐ろしい」「荒々しい」感じがした。野生の、豊かな、力強い世界だ、と思っていた。
だからなんだと言われるとそれまでなんだけど、そういう地形的な不思議な感覚が、子どもの心を占めることがある。
風景を見ているときに、突如、大地の歴史的な由来が湧き起こって、それを教えてくれるかのように。
フォッサマグナを発見したのは、ナウマン象で有名なナウマン博士なんだけど、日本を旅しているときに気づいた。鉄道もまともな地図もない時代に。
「島弧を完全に横断して走る溝のような土地[フォッサマグナ]であって、そのど真ん中から多数の火山、なかでも日本最大の火山[富士山]を生み出している。そういう場所であること、またその場所において、火山という寄生物をかかえた長大な横断低地が、造山過程をとおして生じたということ」
これはナウマン博士がフォッサマグナを想起した時の文章の書き起こし。
上記サイトにも書いてあって同意なんですが、ナウマン博士の想像力と洞察力には脱帽する。
ナウマン博士についてブログで取り上げた上記サイトの方は小田原生まれで、そこに住んでいるトカゲの話にもクラクラくる。
トカゲには、地学的時間が生きているし、それを知った書き手にも、その地学的時間が突如、貫入してくるのだ……と、そんなことを思いました。